2011年6月14日火曜日

3

翌日は、午後から幾つかインタビューが入っていて、まずは、ラジオ局に行って、マドリッドとの電話インタビュー。

映画祭ディレクターのホセ氏たちと合流。

審査委員の一人、エジプト人とも会う。

ボクの作品もコンペ出品なので、審査員と話すのは、どうも気が引ける。

向うも同様らしく、お互い、あいさつ程度で済ます。

まだこちらでは、『春との旅』を観た人はいないようなので、少し心配になる。

インタビューと言っても、まだ映画を観てない人と話すのは辛い。

「プレス試写はやらないの?」

と訊くと、予算の都合で出来ないのだと言う。

「それは困ったな。それじゃ、映画を観てからの取材と言うことにしてくれませんか」

と映画祭のプレスに話してもらうが、通訳は、

「でも、そうなると、明日の夜中と言うことになりますよ。明後日は、早朝に出なくちゃならないんですから、寝られなくなってしまう」

「それでもいいから、映画を観終わった後にしてください」

強引に言うが、難しい様子だ。

二本の取材を受ける。

どちらも、DVDで映画は観たと言っていたが、本当かどうかは怪しい。

仕方ない。

ま、良いか、と言うことで、軽く、晩御飯。

そのまま、オープニング会場へ。



深夜にバルで飲む。

サングリアがうまい!!



翌日は、アルハンブラツアーが映画祭によって組まれていて、バスがでるという。

ボクは、体調が優れず辞退。

奥さんが通訳らと行く。

観光気分なのが腹立たしいが、ま、仕方ない。

映画祭に自作の映画が掛かるとやはり落ち着かない。

ライブの日とあまり変わらず、気が立っている。

あまり気にしてないそぶりはしているが、内心は、そうでもないのか? とにかく、何も手につかないのがいつものことだ。

それでも、ボクは、ホテルで午前中、寝て過ごす。

昼過ぎになって、奥さんたちが戻ってきて昼食。

一杯始まった途端に、爆発。

あれこれと文句を言い、早々に退散。

気分をなだめて、夜を待つ。

夕飯時には、気分も回復、取材も受けて、いざ、舞台挨拶へ。

日本の震災についての一文を読み上げる。

これは、海外の映画祭に『春との旅』が掛かった時に、必ず読み上げてもらうように書いたもので、初めはどこかの映画祭の依頼で文にしたものだ。

隣で、それをスペイン語で訳していく。

うまくセンテンスが区切れて、ホッとした途端、凄い拍手。

オープニングでも、司会の俳優が津波について触れていたが、やはり、日本の震災についての報道は、ここグラナダでも大きく取り上げられていたようで、お客さんの関心は、そこに集中しているようだ。



映画が始まり、ボクはロビーでまた、インタビュー。

終わるのを待って、映画祭につきものの、QAが始まる。

立ったまま、一時間半はきつい。

外に出たら、午前一時を回っていた。

へとへとで、ホテルへ。

そして、二時間ほど眠ったか眠らないかで、起床の時間。

朝飯は、日本から持ってきたカップ蕎麦。

スーツケースを持ってロビーに出ると、送りの車がない。

待てど暮らせど来ないのだ。

仕方がない、タクシーを止めて、慌てて空港へ。

スーツケースを預けて、飛行機に飛び乗る。

それでも良かったのは、スーツケースがそのまま、成田に行くということだ。

重いスーツケースを持って、パリのオルリー空港から、CDGまでは辛い。しかも、8時間も待ち時間があるのだ!!

しかし、その心配もとけて一安心して、マドリッド乗り換えで、パリへ。



オルリー空港から電車でパリに入り、市内で数時間を過ごしてからCDG空港へ行くことにした。

で、パリで昼食を摂って、CDGに着いたのだが、JALの人が、

「荷物はどうされました?」

と訊くから、

「そのまま、成田に行くことになってます」

と、手荷物の預かり札を見せると、

「オルリーからこちらまでは、ご自分で運んでいただかないと」

などと言う。

「だって、ここに成田って書いてあるじゃないですか」

「でも、オルリーからは、便がないのです」

JALとイベリア航空は、同じグループなんでしょ?」

「ええ、同じ、ONE WAYのグループですが、そういう提携はしていません」

「そんなこと知るかよ! どんな提携をしてるかなんて、ボクらがわかるわけがないでしょう!」

「ええ、でも…」

「どうしたらいいんです」

「取りに行くしか方法はありませんね」

「今から、オルリーへ? 間に合いますか」

「多分、間に合いませんね。ですから、飛行機はキャンセルされて、深夜の便にお乗りになったらいかがでしょう」

「成田に着いたら、そのまま、北京に入る予定なんです」

「そうすると、北京の便も、キャンセルされて予約を取り直さないと…」

これは大変なことになってしまった。

どうしていいかわからない。

JALは、もう、逃げ腰だ。

「さあさあ、どうします?」

と煽る。

「判った。一か八か取りに行きます!!

ボクは言い終わると直ぐ、外に飛び出して、タクシーを止めた。



「オルリーまで行って」

「オルリー? 見送りかなんかかい?」

手ぶらのボクたちを見て、運転手は首を傾げる。

「いや、荷物を取りに行くんだ。取ったら直ぐに、ここに戻ってきて、飛行機に乗らなくちゃならない」

「何時の飛行機だ?」

ボクは時間を言った。

「二時間しかないじゃないか!!

「戻ってこれるかな」

「普通なら、片道30分で、往復、一時間てところなんだけど、渋滞があるからね。でも、出来ることはやつてみるよ!」

と頼もしい運ちゃんだ。

「頼む!!

ボクは言って、後は運を天に任せた。

何だか、リュック・ベッソンの映画みたいになってきたぞ。そらでも飛ぶんじゃないのかな、このタクシーと思ったが、流石にパリのタクシーは、空を飛んだりはしないのだ。

それでも、渋滞を、うねうねと潜り抜けて、オルリー空港へ。

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