2011年5月30日月曜日

2011/05/30



いつものように、飯田橋の喫茶店で、ミーティングして、日も暮れてきたので、「
魚座」で一杯やりながら、鯛飯。
最近は、このパターンが多くなってきた。
あまり酒の方が呑めないので、本当はいけない米穀類をとるようになってしまった。
酒の方がいいと言う声もあるけどれども、飯の方が良いという人もいる。
本当はどちらも控えた方がいいのだけれども、そう言うわけには、いかないので、つまりは、両方、程々にというセンに落ち着く。
昨日は大雨。
嵐。
そして今日は日中快晴だったが、風が強く、肌寒い。
なのにボクは、よりによってシャツ一枚で外に出たものだから、震え上がっていた。
映画もテレビも色々見たんだけど、ここに書く前にみんな忘れてしまった。
そう言えば、日記も、最近はまるで書いてない。
第一、日記帳がどこにあるのかもわからない始末。
焼きが回ったなあと呟いてみるが、それでも生きて行くしかなく、生きて行く為には金も少しは稼がなくてはならず、そうなると、二度とご免だと思っていた映画のことも、考えないで入られない。
日本映画批評家大賞に「春との旅」関連で五冠賞をいただいた。
    ダイアモンド大賞及び審査員特別主演男優賞 仲代達矢氏
    作品賞 「春との旅」
    編集賞 金子尚樹氏
    撮影監督賞 高間賢治氏
    新人女優賞 徳永えり氏

続いて、中国で行われる日中友好の映画週間では、「春との旅」がオープニング上映されることが決まった。
何だか照れくさいが、自主映画でずっとやってきたボクのような人間だから、後輩たちの励みにもなるんじゃないかと思い、上映に立ち会うことにした。


あと何本、映画を作れるかどうかわからない。作れないのかも知れないが、生きてるうちはせいぜい、頑張って映画にこだわって生きて行きたいと思ってる。
もちろん、歌もね。
どうか皆さん、ご声援のほどよろしくお願いします。

2011年5月15日日曜日

2011/05/12



数日前に、『酔いがさめたら家に帰ろう』と言う映画を観ていて、ひとりで笑い転げた。映画を観て、こんなに笑い転げたのは久しぶりだ。
とても自虐的な笑いだったが、笑ったことは笑った。
大体ボクは天邪鬼なので、誰もが笑うような映画はあまり観ないし、観たところで、他の人と別のところで、一人で笑っていたりしてる。
この映画も、奥さんと一緒に観たのだけれど、笑い転げるボクの顔を見て、とても不思議そうな顔をしていた。
アル中となり、精神病院に入院し、挙げ句の果てにガンを患い、死んでしまう主人公の映画を、こうまで笑って観ていられるのは、やはり、監督の演出力だろう。
東陽一監督は、テレビの書評番組で見る限り、とても知的で、批判精神に富み、シリアスな方だと思う。作られる映画も、バランス感覚に富んでいて、何を観てもハズレはないようだ。
だから、レンタルビデオで四本1000円の一本には確実に入る映画なのだが、では、何がどうあっても観る映画なのかと言うとそうではなくて、あくまで、(こればボクの場合だが)四本1000円の内の一本でしかないようだ。
これはとても失礼なもの言いだ。
しかし、あえて書くが、ここには、ストーリーもあり、ディティールの描き込みの巧みさがあり、しかも、演技者たち。特に、浅野忠信の見事な演技はあるものの、映画的な新しさ、試みは、皆無だ。精神病院の部分を少しでも作り替えれば、テレビの二時間ドラマでも、立派に通用するような演出。
事実、この話は、NHKでドキュメンタリーとして、放送されている。
日本の巨匠と呼んでも過言ではない東陽一監督が、どうしてこのような観やすい映画を今更の様に作るんだろうか?
いや、この映画をボクは否定している訳ではないのだけれども、同業の末端にいる身として、この問題は、東陽一監督だけの問題ではなくて、日本映画全般の問題でもあるのだ!!
でも、どう打開すべきかは、判らない。
判りたくもない。
精一杯だからだ、自分のことだけで。どんな巨匠だからって、その人の気持ちになって考えることは出来ないし、したいとは思わない。
敵は、ひとりでも少ない方がいいのだから。
でも、それは冷たい表現だ。
いや、冷たくていいのだ。
所詮、村の住人たちだ。
互いに傷をなめ合えば、生きて行けるのだろう。
ボクは、アウトサイダー。
村人ではない。
村人ではないのだから、村人のことを心配する筋合いじゃない。
でも、愛はどうなる?!
「もう頬づえをつかない」は、ボクに何をもたらしたのか?!
「四季 奈津子」は、ボクに何をもたらしたのか?!
それらの映画を観たボクの衝撃は大きかった。
ボクの中に、東陽一監督の名は、焼き付き、消え去る事は出来ないのだ。
では、ボクは、そんな青年時に観た衝撃作の監督の新作を、確認の為に観たのか?
ああ、まだ作られているんだなあと感傷に耽る為に観ていたのか?
違うだろう。そんなんじゃない筈だ。
ボクは、確かに、「四季 奈津子」を観て、トリュフォーだあ!! と叫んだではないか!!
ゴダールだあ!! と叫んだではないか!!
あれはただの錯覚だったのか?! それとも、流行の手法を取り込んだだけのことだったのか?!
それはご本人に聞いてないので判らないが、そんなかつての斬新な手法が、この映画では皆無だったのが、悲しい。
いや、哀しい。

若い人たちの作るHDの映画もどきが、当たり前になるのも哀しいが、巨匠とボクが思う人たちのこの体たらくも、哀しい限りだ。
山田洋次監督の「おとうと」なんかは、買って観たDVDを叩き付けたほどだ。
しかし、今考えるとねこのご両人、脇役の使い方の残酷さは、共通してるな。
三池監督曰く、
「主役はいいんですよ。それなりの役を与えられている訳だし、見せ場もふんだんにある。僕は、現場で、脇役をどう引き立たせるかしか考えてないんです。多少、話がかわろうが、やはりね、脇役を、僕は大事にしたいんですよね。苦労してきたんだから…」
毎日映画コンクールの時に隣に座った三池監督がそうボクに言っていた。
素敵だなと思った。
ボクは、そんなに沢山、脇役の出て来る映画を作った事がないから判らないんだけど、三池監督の言ってることは判る。
「酔いがさめたら〜」の精神病院のシーンでの、台詞のない脇役たちの人生をなぜか、見終わった後、考え続けていた。

2011/05/04



今日はほどほどの時間に横になったのだが、足が痙攣して、眠れず、仕方なく起きて、仕事場に戻った。
数日前にネパール料理の店に行って、カレーなどを食べたのだが、巨大なナンを食べきれず持ち帰ったので、それをチーズをのせて焼き直して、ビールと一緒に食べている。
だいたい、何もない日は、一日の大半をこの仕事場で過ごしているのだが、何をしているのかというと、まったくたいしたことはしていなくて、ツイッターを見たり、FACE BOOKを見たり、借りてきたビデオを観たりで一日は終わってしまう。
もちろん、勤勉なボクとしては、書き上げた台本を読み直してみたりもするし、かつて書いた台本を取り出しもする。書きかけの台本をまた開いて、メモをとってみたりもするのだが、最近は、少しするとすぐに煮詰まってしまい、仕事場を出て居間で、ギターを弾いて、ごまかすことが多くなった。
ギターを弾いて、小声で唄ってる時が幸せと言ったら幸せだが、ロクに歌詞を覚えていないものだから、ただ遊んでるだけで、いいメロディーはあるんだけども、出来てない歌詞の事を考えると、こちらも何だか仕事めいてきてしまい、「ま、今日はいいか」といった感じで、やめて、また、仕事場に舞い戻って、別の事を始めている。
勤勉なボクがどうしてこうまで怠惰なのかと言うと、体調が最近、悪化の傾向を示しているということがあるが、「具合が悪い、具合が悪い」と言っても始まるもんでもないので、どうしようもなくなったときは、横になることにしている。
我ながら、呑気なもんだなあと思う。
以前はこんなこと一切なかったのだ。
仕事のことばかり考えていた。
仕事と言うのは、映画を作ることなんだが、「一年に一本映画を作っていないと、職業とは言えないでしょ」なんてうそぶいていたこともあり、余程のことがない限り、一年に一本は映画を作ってきた。
しかし、これは大変なことで、ボクの場合は、自主映画が多いので、撮影して、編集して、納品すれば、「はい、おしまい」というわけにはいかないのだ。
映画祭に出品したり、配給のことを考えなくてはならない。
配給が決まったら、宣伝に参加して、あれこれと本当に沢山しなくちゃならないことが待っている。金も要る。
湯水のごとく、大金が出て行く。
まさに、ジャラジャラとだ。
挙句の果てに、映画が酷評されたりするもんだから、めげる。
めげれば、酒を呑む。
呑んで、人に絡んだりもする。
タバコの本数も増え、知らない間に、暴飲暴食、不摂生がたたって、ついには、足腰が立たないほど体が消耗し、内臓のどこもかしこもがおかしくなる。
何とか不全なんてものになる。
なったらこれは、直らない。
現状維持も難しい。
食事制限を医者から言われ、しばらくの間、酒も断つのだが、体調が回復すると、また、始める。
医者に通うのが怖くなり、行かなくなる。また、体が動かなくなる。
あちこちに異常を感じる。
それをごまかすようにまた呑む。
さらに、体調は悪化する。
ついに医者に行くと、病状は更に悪化している。
「残念です」
なんて言われる。
「残念ですが、もうダメです」
なんて言われる。
薬をもらい、
「また、来月来てください。しかし、本当に残念です」
ととどめの一撃だ。
「そうか…俺は死ぬのか」
とうな垂れる。
毎日、薬は飲むが、病気は進行し続ける。
もう自分でもどうすることもできないような状態になる。
日によっては、まったく体が動かない日もある。
奥さんには泣かれ、息子には、「ボクは一人で生きていかなくちゃならないのかな…」なんて訊かれる。
数少ない友人は、
「あと十年は働かないとダメですよ」
とか言う。
「移植の申請だけでもしておいた方がいいんじゃないですか」
とも言われる。
「いや。そんなのはいいんだ」
と言いながら、迷っている。
いや、迷ってはいないのだが、迷っているふりをしたくなる。
「すべて、寿命だよ」
「運命だよ」
と繰り返す。
何日か、人と会うと、横になっていることも出来ないほど、体がしんどい。
自分の体を持て余している。
何とかならないものかと、車を走らせたりする。
300キロぐらい走ると、アドレナリンが出て来るのか、ハイになる。
ハイになると、だるさや痛みを忘れる。
でも、その日は眠れず、翌日は、以前にも増して、怠く、無気力となる。
毎日がこうだ。
この繰り返しだ。
ひどいもんだ。
でも、どうにもならない。

2011年5月7日土曜日

ライブの告知です、

 「吉祥寺で逢いましょうvol.3ー真夏の仕切り直し編ー」











出演 小林政広 桜井明弘 ゲスト中川五郎  
2011年7月15日(金)18時半開場 19時半開演 吉祥寺 マンダラ2

2017年の事、そして、18年に向けて、

一昨年に撮影、完成した「海辺のリア」の公開が、6月となり、(これは、完成する前から決まっていたのですが)それまでは、新作のことも考えずに、ただ漫然と公開を待つ日々を送っていました。 映画が完成してしまい、初号試写が終わってしまうと、奇妙な空気が漂い始めます。 何かを始めように...