2010年9月29日水曜日

2010/09/22



午前から出て、中央道で、岐阜県可児市行き。
途中で、少し眠る。
とにかく暑さがこたえる。
やはり、唐桑とは違った暑さで、むんむんしていて、目がくらむ。
おまけに、ひと月前に打った貧血の薬が切れてきていて、この時期はとにかく体が重い。
ホテルに入って、相撲観戦。
終わって、買い出しに外に出る。
パーキングでピザを買ったので、それを食べようと思っていたが、結局、近くの寿司屋で、ビールとちらし寿司。
半分近く残して、ホテルに戻る。
土砂降りだったので、もう一軒と言うのはやめにした。
ホテルで飲み直し。
深夜、大風呂に入る。
最近は、大風呂がないホテルには泊まる気がしない。
風呂から戻って、また、ビール。
テレビ、観る。

2010/09/21



八時半に起床。
今日は、岩田さんのお通夜だったが、体調優れず、欠席することに。
朝のうちに、弔電うつ。
明日は、岐阜まで、車で行く予定だから、またしんどい旅になるんじゃないかな。
早めに寝よう。

2010/09/20



東京戻り。
途中、「ばんらい」で、夕飯。
何の成果もなく、帰るのは後ろめたいが仕方がない。
来月か再来月には、また行くことになるだろう。
その頃には、秋だな。
ななり寒くなっているかも知れない。
昨日も、随分と冷え込んだ。
映画を観ていて、毛布をかぶらなくてはいられないほどだ。
暖房の設備を徹底させないと、何も出来ない。

2010年9月26日日曜日

2010/09/19



昨日の晴天とは違い、今日は曇天。
気温もそれほど上がっていないようだ。
八時半に起きる。
朝食後、テレビを観ながら、うたた寝。
昼食後、またテレビ。
『ショーシャンクの空に』再見。

2010/09/18



栄養不足なんだろうか?
体が動かない。
それで、一日中、ごろごろ。
いかんなあと思うが、本当に体が動かないのだ。
凄く重い。貧血かな。
相撲を観ながら横になっているが、眠ってしまっていた。
白鵬の54連勝だけ辛うじて、観ることが出来た。
本当に調子が悪い。
小林桂樹さんが亡くなったようだ。
谷啓さんも亡くなり、トシキの製作をしていた岩田さんも亡くなった。
天変地異は、これから毎年のように起こるらしい。
世界は終わりに向って奔りつづけている。
昨日に続いて、スコセッシの映画再見。
『デパーテッド』。この映画、ジャック・ニコルソンがミスキャストに思えてならない。
どうしてだろう…?
ジョー・ペシなのか、デ・ニーロなのか、そこいらの人がやってたら、またイタリアンマフィアの話になってしまうからか? それでもいいから、お馴染さんでやって欲しかったと思うのは、ボクだけだろうか。
ジャック・ニコルソンは、意外とギャングの親玉役は、似合わないように思う。それも何でだろう? と思う。

2010/09/17



Oさんが、A新聞の記者さんを連れて来る。
少し、話す。
『春との旅』の件。
帰ってから、朝ご飯。
以前、CBCの人に教わった、ツナご飯久しぶりに作る。
美味い!
クラシック聞きながら、机に向かう。
仕事、断念。
夜、一ノ関へ。
家族、迎えに行く。
漁火パークで、夕飯。
久しぶりに、まともな食事をする。
しかし、金曜の夜だというのに、ここの店には、ボクらしか客がいない。
店内は薄暗く、地域のために辛うじては営業はしてるが、商売としては、成り立っていないんじゃないか?
以前、ここには浴場もあったそうで、一度行ってみようとしたことがあったが、すでにボイラーの具合が悪いとかで、営業していなかった。
以来、もう何年も経つが、営業の再開はのぞめそうもない。
残念至極。
高台に風呂があれば毎日とはいかないまでも、しょっちゅう利用したと思うけど、(地域の人たちも)きっと、かなり高かったんじゃないかと思う。
高くしなければ、やっていけないということもある。温泉でない以上、水道料金だけでもバカにならないからな。
この漁火パークも、第三セクターが立ちあげたものなんだろうけど、開発費と維持費に大枚をつぎ込んで、やっていけなくなると民間企業に委託する。
そんな施設が、そこいら中に山ほどある。
何とか、活用していく道はないんだろうか…。
深夜、『アビエイター』再見。
スコセッシの映画を観ると、励まされる。

2010年9月19日日曜日

2010/09/16

車を走らせ、岩手県の黒崎峡温泉保養センターへ。

銭湯のようなところだけど、海が見えて、なかなか良かった。

行きは迷って、随分と時間がかかってしまったが、帰りは、半分ぐらいの時間で戻れた。

今、銭湯が、幾らなのか知らないが、500円は、仕方ないだろうな。

戻って、仕事、再開。

でも、先は見えず。

今日は一日雨の様子。

テレビを見ると、深夜から、大雨になるという。

夜、冷え込む。

寒い。

深夜に、ニョッキを入れたジャガイモスープ飲む。

美味。

『おとうと』観る。

2010/09/15

書きこみ、止まる。

こうなるとどうしようもない。

2010/09/14

民主党代表選、二時からテレビで見る。

その前後で、仕事。

すこし、進むが、突然止まる。

んー。

この先、進めるべきかどうか…?

机から離れて、ビール。

肌寒さを通り越して、夜は、寒い。

体が冷え切っている。

夏掛けの布団にもぐりこむ。

耳元で、蚊がうるさい。

あちこち刺されたようだ。

2010/09/13

石巻のワーナーマイカルにて、『悪人』観る。

ジャスコで食材を買い、唐桑へ。

到着寸前で、脚が攣る。

さすがに、ビビる。

車を止めて、しばし休憩。

到着後、昨日買ったおにぎりを食べ、ビール。

仕事、進まず。

2010年9月17日金曜日

2010/09/12

午後から、仙台行き。

メルパルク泊。

撮影時以来だが、何だか、変わってしまった感じがする。

いや、前からその兆しはあったんだろうけど、ひとりで泊まってみて、それを実感した。

今は、どこへ行っても、世知辛い。いや、世知辛さを通り越して、もの悲しささえ感じる。

料金を低く設定しなければやっていけないのは判るが、片方で、飲み放題、食べ放題のバイキングなんかをやっている。

3000円だという。金額のことはさておき、今どき、バイキングで、たらふく食べたり飲んだりする人がいるのか? と思う。

いるにはいるんだろうが、そうそう毎日、そんな客がいるわけがない。

泊まっている客は、ビジネスで来た男たちばかりだ。彼らは、夜遅くまでたいしたものも食べずに働き、夜、階上にある大浴場で、ほっとし息をつく。

それで、部屋に戻って、ビールの一杯がせいぜいなんじゃないか?

そう言うボクも、チェックインして、部屋で、大相撲を観ると、外に出て「吉野家」を探したんだけど、近くにあったはずの「吉野屋」はなくなっていて、今は、ラーメン屋になっている。

仕方ない、駅前に出るが、居酒屋しか目に入らない。

居酒屋と言っても、チェーンの店で、若い連中しかいやしない。騒々しいのは閉口なので、やめにして、仙台だから牛タンにしようかと考えて、ヨドバシカメラの前を歩くが、駅の向うまで行く元気はない。夕飯の場所を探して、脚にきたなんて、シャレにも何もなりゃしないから、ひきかえして、以前入った串焼きの店に入った。

案の定、店は若者だらけ。景気がいいのは、学生ぐらいのもんだろう。

ビールを一杯に、串焼きを何本か頼む。

ビールを飲み干した頃、隣に学生のカップルが来て、カウンターの向うのアルバイトの店員と話しだす。たぶん、友だちなんだろう。

客ことなんかお構いなしに、私語を交わす。

「もう、いいや。沢山だ」

と、チェックして、店を出た。出たら、大雨だ。

なんてこった!

こんなんだったら、コンビニで、おにぎりでも買ってホテルで食べたほうがよほどマシだ。

で、コンビニに入り、手当たり次第に色々と買い、ずぶ濡れになって、ホテルに戻った。

何カ月か前、椎名誠さんのエッセーを読んでいて、最近、地方に行く時は、ホテルの部屋で、コンビニで買ったつまみとビールだかで、夕飯を済ますと書いてあったけど、もうそうする他はないような気がする。

まるで、外国にいるような気分だ。

街は、どこへ行っても人であふれているけど、ほとんどは若い人たちで、飲食店も、そんな若者相手じゃないとやっていけないのだろう。でなければ、高級店だが、ひとりでそんな店に入って、何千円も使う気にはなれやしない。

もうすぐ、涼しくなるとコンビニではおでんを売っている。

そんなものでも買って、ホテルで缶ビールが一番いい。しかし、やはりもの悲しいに変わりはないな。

2010年9月16日木曜日

2010/09/11

一日、ごろごろ。

メモも、放棄。

駄目かな。

2010/09/10

ああ、駄目だ。

集中しなくては。

夕方、豊洲で、人と会う。

『春との旅』ビデオ化の件。

唐桑行き、また延期。

深夜、脚の具合、悪し。

2010年9月14日火曜日

2010/09/09

夕方から、豊洲で、Sと会う。

もろもろ打ち合わせ。

帰って、奥さんと少し話す。

少し、進む。

2010/09/08

少し、進むが、停滞。

2010/09/07

昼から、ジャンゴラインハルト聴いている。

久しぶりのこと。

ジャンゴを聴いたからと言うわけではないが、夕方から、頻繁にメモ、始める。

外に出て、ビール。

そして、コーヒー。

今度は夕飯がてら、ワイン。

帰ってメモ、続ける。

深夜、これでいくかどうするか、再考。

今日はここまで。

2010年9月8日水曜日

2010/09/06



八時過ぎに叩き起こされて、息子を小学校へ連れて行く。
寝過ごして、遅刻だ。
帰ってから、録画しておいた番組を二本観る。
一本は「無縁社会」のシリーズ。
番組の途中で、長妻厚生大臣を取材するのだが、なぜかピンぼけ。いかに政治家の認識が不足しているかがよく分かった。
それに引き換え、取材に応じた人たちの生活には、切羽詰まった悲壮感があり、アナウンサーが言うように、この問題はどんどん広がる傾向にあるようだ。
『ワカラナイ』を作った後、この「無縁社会」の言葉が出てきて。何度か番組として放送されてきたが、昨日のこの番組を観て、絶望に近いものを感じた。
もう「明るい未来なんかない」のだなと痛感する。
その後観たのが、中東のエネルギー資源の番組だったから尚更、世界からは日本が、日本からは貧者、弱者から見捨てられて行く様子がありありとわかり、まだ午後を回ったばかりだと言うのに、気分は最低で、うなだれてしまう。
朝日新聞の世論調査では、菅が抜きん出ている。
いやはや。
ここ数ヶ月間の彼の言動を、イエスと看做すとは!!

2010/09/05



朝から子供たちが来る。
誕生会は昼からだと言うのに、九時半には、来てる。
これには参った。
昨日は明け方まで起きていたので、起きるのがしんどいが、仕方ない。
起きて、おやつなど食べながら、子供たちを見ている。
みんな個性があって、面白いが、発散するエネルギーたるや大変なもので、すぐに疲れ果ててしまう。
だいたい、狭い家なので、子供たちが座るとボクらは立っているほかはない。
ずっと立っているのも辛いので、お祝いをして間もなく、ボクは仕事場に退避。
それでも直ぐに呼び戻されて、カレー作り。
子供たち向けなので、なるべくシンプルにしようと考えるが、直ぐに余計なものを入れたがる。
いや、そうじゃなくて、昔のデパートの食堂で食べるようなやつがいいんだよと自分に言って、その時の玉ねぎの形状なんかを思い出そうとするが、実際に作ったものは、そのようになっていない。
色も、全然黄色くない。
これじゃだめだと思うが、つくってしまったのだから仕方がない。
子供たちは、それでも何とか食べてくれたけど、自分としては、納得がいかない。
本格的なインドカレーみたいなルーを良く見かけるけど、ごつごつしたじゃがいもの入った、昔のカレーがたまらなく食べたくなることがある。
そう言うのは、いわゆる町の中華料理屋なんかにあるのだが、なぜか、中華料理屋に入ると、別のものを頼んでしまい、カレーには行き着かない。
高速のパーキングなんかにはきっとあるんだろうなと思うが、最近は高速のパーキングも高級になってしまい、そんなカレーがあるところは滅多にない。キーマカレーなんてもんになっていたりする。
西新宿にあるハイチのドライカレーは別として、キーマカレーと言うのは、あまり食べたいと思わないが、最近、良くメニューで目にする。辛いキーマカレーならいいかも知れないが、ご飯と一緒というよりも、チャパティとかナンと一緒に食べた方がいいのかも知れない。
でも、ボクは、カレーにはご飯と決まっているので、もうそこでキーマカレーの出番はなくなっているわけだ。
良く行くコージーコーナーにもあって、食べてみたがやはり駄目だった。
最近のコージーコーナーは、キーマカレーがなくなって、代わりに牛すじカレーに代わっているが牛すじカレーと言うのも、ボクはあまり好きじゃない。飲み屋の煮込みとあまり変わらない気がする。
やはり日本のカレーライスの基本はポークだろう。チキンも良い。
ビーフカレーは、昔は貴重で、贅沢なイメージがあったが、食べてみるとたいしたことはない。ビーフを食べるなら、ビーフストロガノフの方がいいかな。
子供たちは夕方までなんだかんだと動かない。
ボクはもう座っていることも出来なくなって、ベッドに倒れ込んで眠ってしまった。
これでは、唐桑行きは、無理だ。
おまけに夜になって、Sくんが駆けつけてくれたので、持ってきてくれたギネスとなったので、もう降参。
孤独になるには、相当の意思が必要のようです。
ようやく静かになって、ツイッターの画面を見ていたら、もう眠っている。

2010年9月6日月曜日

2010/09/04



一昨日、一日外に出ていたので、昨日は足に悩まされ、こんなことならずっと家にこもっていようと思っていたが、今日は中川五郎氏のライブで、少し歌わせてもらうことになっていたので、ギターを担いで、出かける。
五時過ぎに亀有。
駅前のラーメン屋で、ラーメンを食べ、ビールを飲む。
六時半頃、KID BOX へ。
まあ、なんと言うか、想像を絶するところで、驚いたが、しばらくいると、なかなか居心地がいい。
そうだったな、昔はこう言うところで良く歌ったなと遥か40年近く前のことを思い出す。
ボクの歌は、どこでも歌えるようなものではない。
子供たちのいるところや、お年寄りの集まるところなどで、お客さん向けの歌を選曲して、歌うと言うことも出来ない。
それほど、歌っていた時期が長かった訳でもないので、地方では、唄う場を見つけるのは、難しい。
まあ、それはいいのだけども、日頃から歌を作ることを日課にしているわけでもなく、自分の歌をシェイプアップしているわけでもないので、たまに歌うと凄く緊張する。なるべく言葉を伝えたいと思うが、うまく行かないことの方が多い。
うーん、難しいなあと、終わってから考え込む。
五郎氏の歌は、反戦歌のようなものがこの日は多くて、それも、お客さんの顔ぶれを見てのことだろう。
今の五郎氏は、そんな心境なのかも知れない。
スカパーで放送したらしい五郎氏の番組が、九月の終わり頃DVDになるらしいので、観たいと思っている。
インタビューを中心に、五郎氏の人生が描かれているらしい。
今日の歌の中ではなんと言ってもすばらしいのは、「福田村の事件」を扱った長い歌で、すばらしい。
いわゆるメッセージソングなんだろうけど、静かに五郎氏らしい語り口で、共感を覚える。
25分ぐらいの歌らしいが、それほど長くは感じない。
本当にいい歌を聴かせていただいた。
すべてをiPhoneで、録音していたので、帰宅してから聴いてみたら、何も入っていない。
ああ、また、同じ失敗を犯してしまった。
iPhoneを、ミュートにしていたのだ。
こうすると、電話も通じないし、音も録音されない。
そんな訳で、五郎氏の歌を聞き直すことは出来なかったけど、いつかまた、聴く機会があるだろう。
その日まで、楽しみにしていよう。
こうして歌を聴いている時でも、映画のことを考えているのだから、詮無い。
頭の中は、やはり映画モードだ。
これは、死ぬまで変えられないのだろう。
明日は、息子の誕生日で、深夜に起きてきた息子が、興奮した面持ちで、それでも、わくわくして自分の誕生日の会のことをあれこれ話しているのを見て、もちろんボクの頃はこんなことなかったのだけど、うらやましく、そして、自分も親になったんだなとしみじみと感じる。
明日の夜から、唐桑行き。
しばしの間、孤独になろうと思っている。

2010/09/03



昨日、ギターの弦を張り替えたので、少し弾いてみた。
以前から、ギターは弾いているのだけど、チューナーと言うのが、訳がわからず、適当に合わせているが、弦を張り替えたのだから、ちゃんと合わせようとギターに取り付ける方のチューナーでやってみたら、作動しない。
どうも電池がなくなっているようだ。
それでイオンに買いに行き、取り付けたのはいいのだけれども、ヘルツ数と言うのがあるようで、これがまたまた訳が分からない。
もうひとつのチューナーを見ると、440がセンターになっているので、ギターに取り付けた方のも440にして、合わせることにした。
昔は、こんなものはなかったので、音叉で合わせていた。
Aの音のする音叉だ。
それは今も持って入るが、それで合わせることは滅多にない。
いや、ほとんどない。
うちにはガット弦を張ったギターもあるのだが、それを唐桑に置いていたときに音叉で合わせたが、全然合わない。
昔は平気で、合わせられたのだが、今は駄目。
音叉の音と弦の音が、合わないのだ。
困ったものだ。
慣れてて今も充分行けると思っていたことが、いざやってみると、全然だめと言うことが最近よくある。
継続は力なり、と言う言葉があるが、ボクのようにある期間継続はするものの、中断してしまう人生をおくっているものにとっては、耳が痛い言葉だ。
やはり、一生継続しなければならないのだなと心新たにするが、今、心新たにしても、何かが始まる訳じゃない。後の祭りだ。

2010年9月5日日曜日

2010/09/02



昨日は何だか変な日だった。
何も手がつかないし、何も考えられない。
体が鉛のように重く、椅子に座っていることも出来ないぐらいだ。
飲み過ぎたせいか?
とも思うが、そうたいして飲んでるわけじゃない。
でも、昨日は缶ビール一杯を持て余す始末。
具合が悪いのは、明白だ。
昨日、良く眠れたせいか、今日は昨日より、いい。
明日は、中川五郎氏のライブにお邪魔するので、今日は久しぶりにギターの弦を張り替えておこう。
それで、練習もしなくちゃならない。
ただ飲みに行くと言う訳にもいかないだろう。
でも、今は、まだ何もする気になれない。
でも、今はね。
日が暮れてからだな。

今朝は、いつものように半目焼きとハム少しとご飯。
みそ汁はもう飲まなくなって久しい。
その代わりお茶を飲むが、麦茶だ。
ああ、緑茶が飲みたいなと思うことがあるが、週に一度ぐらいだ。
それも家では飲まなくなってしまった。

ツイッターで、昔の人と再会して、昔話を聞かされるのだけど、何も覚えていない。歌を歌っていた頃のことだけど、さっぱりだ。
どうしてだろう?
もう何年かすると、映画を作っていた頃のことも、忘れて行くんだろうか?
ああ、そう言えば、そんなことあったなあ、とも思わずに。
そう考えると、何だか悲しい。

久しぶりに夕飯は。デリーのカレー。
野菜を沢山入れてもらう。
豚肉は一切れ。
夜中に腹が減る。
ビールを飲んでもまぎれない。
タンパク質を取り除いたパンを、揚げて食べる。
焼くよりは、食べられる。
でんぷんばかりなので、甘いのが気になるが、まあまあ食べられる。
うまいつまみで酒が飲みたいとは思うが、かなわぬことだな。

飲みながら奥さんと話していたら、明日がライブではなくて、明後日だと言う。
明日は、中野で、『春との旅』の上映会があり、その舞台挨拶だった。
予定が狂ってしまったので、慌てる。
最近はこんな具合で、とんと浮世離れしている。
いかんな。
そろそろ気を引き締めないと。

2010年9月3日金曜日

2010/09/01


夜中に足の具合が悪く、起きる。
薬を飲もうとコップに水を入れてテーブルに向かい薬を飲んでから、飲む薬を間違えていたことに気づいて、舌打ちする。
「ああ、こっちは朝飲まなくちゃいけない薬だったんだな。しまったなあ」
と言ってはみるが後の祭りだ。
改めて、足の方の薬を飲む。
こちらの薬は、漢方薬らしく、足がつるのを未然に防ぐために飲んでいるのだが、気のせいか、これを飲むと足の痙攣が収まっていく。
芍薬甘草湯と言う。
少しほっとして布団に入るが、今度はなかなか寝付けない。どこからか音楽が聞こえる。奥さんの仕掛けた目覚ましかもしれないが、奇妙な音楽だ。
幻聴か?
と慌てて、奥さんに声を掛けるが、起きない。
何だろう…と、気になりだす。
耳を澄ます。
また、聞こえてくる。
こうなるともう寝てはいられない。
起きだして、部屋のあちこちを見て歩くが、音の元はつきとめられない。
仕方なく、また、テーブルに向かい、昨日会った人の話を思い出したりしていた。
今度は明らかに目覚ましの音が聞こえる。
やはり、目覚ましの音ではなかったのだ。
それでは一体、何の音楽だったのか?
考えていた映画のストーリーに妙にあっていたような気がして、やはり、幻聴なのかもしれない。
ああ、今日はだめだ。
何も考えがまとまらない。
倦怠感が全身にまとわりついて離れない。
やはり、休むことにしよう。
と、言うわけで、少し、眠った。
もう例の音楽は聞こえない。
考えていた映画のストーリーも、どこかに消えている。
その代わりに、ある本屋のことが夢に出て来た。
「深夜プラスワン」と言う本屋は飯田橋にある。
昔からある本屋で、ミステリーの専門店。
もちろん本屋さんの名前は、ギャビン・ライアルの小説のタイトルからとられている。
この本屋のことを知ったのは、ボクがまだ二十代の始めのころで、日仏学院に通うようになってからだ。
深夜までやっているこの本屋で、ボクは随分とミステリーの本を買った。
その頃、二階には、レンタルビデオショップがあり、経営は違うと思うが、そこでもビデオを借りた。まだベータとVHSが共存してた頃で、ベータ党だったボクはこの店でビデオを借りるために、やむなくVHSのデッキを買ったのだ。
ヨドバシデンキまで行ってデッキの入った重い大きな箱を抱えて、アパートに帰ったのを覚えている。
家電の安売り店は、まだヨドバシしかなかったのだ。
そこもある種マニアックなビデオショップで、ポール・シュレーダーの『ミシマ』なんかが置かれていて(アメリカからの輸入版)、レンタル料も高かったが、毎日のように一本借りて、小さなテレビで観ていた。
日仏学院が近いこともあって、フランス映画も沢山あったようだ。
もちろん、佳作座とかギンレイホールにも良く通った。
友達と待ち合わせて、神楽坂を入って、右に折れた行き止まりにあったビリヤードにも行き、四つ玉の台を占領して、遊んだ。
ボクが神楽坂の上、白銀町に移り住んだのは、そんな頃だった。
白銀神社の裏手のアパートで、そこで暮らしだしてからも、頻繁に「深夜プラスワン」には通った。
チャンドラーもロス・マクドナルドもこの書店で買って読んだ。もちろん、ギャビン・ライアルもだ。
そんな「深夜プラスワン」が閉店したという。
驚きだ。
最後にこの店に行ったのは、二ヶ月ぐらい前だったか。
確かに、店は閑散としていて、変な雰囲気が漂っていた。
いつもは本で溢れかえっている店内が、本棚も歯が抜けたようにパラパラと本が置かれているだけだ。
改装でもするのかも知れない。
ボクはそう思っていた。
閉店するとは思わなかった。
閉店するなら、とっくにしている筈だからだ。
二階のレンタルビデオショップは、とっくになくなり、「××食堂」とか言う飯屋になっていた。
「この店はずっとつづけるんだろう」とボクは勝手に思い込んでいたのだ。
閉店を知ったのは、ツイッターの誰かの書き込みだ。
「ああ、だから店はあんな状態だったのか」と合点はいったが、ショックは隠せない。
またひとつ神楽坂に行く理由を失ってしまった。
そうだな、ビリヤード場もとっくの昔になくなってしまったな。

昼ご飯を抜いたので、久しぶりにカルピスを飲み、バタークッキーを齧った。
レーズンの沢山入ったバタークッキーは、函館のお店のものだろう。
包み紙に見覚えがある。
息子の友達の家族が夏休みを利用して北海道に行ったらしく、お土産にもらったものだ。
その店の名前は忘れたが、『クロージング・タイム』が函館の映画祭で掛かることになり、町を歩いているとき、見つけた店だ。
その店で、誰か映画祭の人だと思うが、コーヒーを飲んだことがあった。
随分と高いコーヒーだったことを覚えている。

何か、いろんなことが断片的に思い出されていく。
なにを見ても何かを思い出すとは、チャンドラーだったかの短編集のタイトルだが、毎日がそんな感じだ。
「何を見ても何かを思い出す」。

2010年9月2日木曜日

2010/08/31



昨夜は早く眠ったので、今日は真夜中に目が覚めてしまう。
憂鬱な気分だ。
インスタントのコーヒーをアイスにして飲む。
少し、目が覚める。
それでも、何か、明るい展望はない。
テレビを点けると、鳩山と菅の会談があったらしく、挙党一致の名の下に、小沢氏の首相立候補を、踏みとどまらせるべくで意見が一致したとかなんとか。
何だよ、また、やってんのかよ。
と、うんざりする。
民主党になってから、この繰り返しばかりだ。
戦うと決めたからには、戦えばいいじゃないか。
その後の民主党が分裂しようがどうしようが、それはわかっている中での、戦いではないのか!
いつまでこんなことをやっているのか。
おまけに、来年度予算の概算要求は、過去最高の数字とか。
話が全然違うではないか!
内訳はと言うと、借金返済に、四分の一。
地方交付税に、六分の一。
残りが使うお金だと言う。
これだけ世の中がデフレでものの価値が低くなっているのに、国会議員や公務員の報酬は、下がらない。
それで出ていくお金の話ばかりをしている。
JALに対して行った英断を、自らには下せない。
人間誰しも、自分の懐はいためたくないのも無理はないが、現状のままで、消費税を10%上げられたら、たまったもんじゃない。
ああ、でもやめよう。
こんなことは、もう書くもんか。

夕方から出かける。
築地で、人と会う。
その後、食事会。
帰って、ビールを飲みながら、テレビを眺めていたら、眠くなる。
ああ、八月も、今日でおしまい。

2010/08/30



病院。
今日は、眼科。
診察終わり、コージーコーナーで、昼食。
ボクは茄子とベーコンのパスタ。奥さんは、牛すじ肉のカレー。
例によって、三分の一ほど残す。
今日も車での病院なので、あちこちふらふらすることもなく、「
三浦屋で、買い物をして、病院に戻り、駐車場から車を出す。
瞳孔を開く目薬をさしての診察だったので、まだ少し、視界がまぶしく、ぼやけているが、運転に支障はないようだ。
帰って、パソコに向うが、疲れて眠る。
夕飯は、水炊き。
久しぶりで、とても美味しいが、やはり醤油とかポン酢をかけて食べるので、塩分を取りすぎているかも知れない。
あまり頻繁には食べられないかな。

2010年9月1日水曜日

2010/08/29



行旅死亡人なんて言う耳慣れない言葉が突然出てきて、56年も生きてきたのに、さも当然のように、この言葉が使われると、
「何だい、こりゃ」
と思わないではいられない。
つまり「行き倒れ」を意味する言葉だが、なかなかなじまず、大体、どうよんだらいいのかがわからない。
「こうりょしぼうにん」
と読むのだそうだが、舌がもつれてしまう。
だからツイッターで、旅先死亡人と書いたら、しかられてしまった。
行旅と旅先とでは違うのかも知れないが、ボクにとってはたいした違いはない。
旅と言う言葉は帰ってくるのを前提に使うのだが、人生は旅であり、死へと向う旅だとも言える。
いや、そんなことを言う人がいた。
人間はいずれ死んでしまうんだから、行旅も旅先も同じようなもので、それは、「行き倒れ」の人だけにあてはまるものじゃなくて、人間誰しも、行旅なり旅先の死亡人になる運命にあるのだ。
悲惨な生活をしていようと、裕福な生活をしていようと、死んだらそれまでで、無縁仏に入れられようと、大規模な葬儀で葬られようと、仏様にはわからないんじゃないか?
それとも、どこかで寝そべって、自分の葬式の様子を、ああだこうだ言いながら眺めているのかな。
ま、いずれにしても後の祭りだ。
この世に舞い戻って、文句を言うことはできない。
問題は、生きてる時だ。
裕福な生活をしたいとは思わないが、貧しすぎるのは困る。
本当に困る。
生きて家族に迷惑をかけるぐらいなら、ふらりとどこかに旅に出て、野たれ死んだほうがいいと思うだろう。
現に、そうしている人が沢山いるのだ。
死んだ人を自宅に放置して、その人の年金で、何とか家族が生き延びていく。
話だけを聞いたら、全くもっておぞましい。
「こいつら人間じゃねえ」と思うかもしれない。
でも、そうでもしない限り生きていくことも出来ない人たちなのかも知れないし、犯罪だと知りながら、やむを得ずしたことなのかも知れず、もしそうだとしたら、国とは何のためにあるのかわからない。
もっとも、ボクが『バッシング』を作ったあの頃から、国が国民一人一人のことを考えているわけではないのは、わかっていたことだが。
「自己責任」の言葉は、小泉の時代で終わった言葉ではなく、小泉以前も、また、小泉以後も厳然と生き続けている。
「人に迷惑をかけたくない」の言葉も、同様。とても日本人的な言葉だ。
人に迷惑を掛けたくないから、人知れず死んでいく。
人に迷惑を掛けたくないから生活保護も受けない。
ま、もっとも、役所の人間も、考えは同じで、「人に迷惑をかけるんじゃないよ」といった顔で、受給者を見る。もしくは、申請にきた人を見下す。
この猛暑の中、年金生活者が、わずかな年金では部屋のクーラーを入れると電気代がかさむので入れずにいて、熱中症で死亡したという。
その人は、以前、生活保護の申請をしたが、受給されなかったという。
生活保護が支給されるには、自宅にクーラーなんかがあったらいけないんだろう。
クーラーは贅沢品で、扇風機ならば、生活保護が受けられるのか?
過疎の村で暮らす老人が、病院通いのために車を持っているのに、車を持っていると言うだけで、生活保護が受けられなかったケースもある。
鉄道も、バスも採算に合わないからといって廃止にしておいて、病院通いの老人の唯一の足である車さえも取り上げようとする。
それでも、その当事者は、言うに違いないのだ。
「私にかまわないでくださいよ。私は人に迷惑を掛けたくないんですよ。ましてや国のご厄介にはなりたくない」
それが本心なのかどうなのか?
そして、その人の周りでは、こんな声が聞こえるのかも知れない。
「あいつは人に迷惑を掛けて、とんでもない奴だ。おまけに今度は国のご厄介になってる」
悲しい日本の現実だ。

2017年の事、そして、18年に向けて、

一昨年に撮影、完成した「海辺のリア」の公開が、6月となり、(これは、完成する前から決まっていたのですが)それまでは、新作のことも考えずに、ただ漫然と公開を待つ日々を送っていました。 映画が完成してしまい、初号試写が終わってしまうと、奇妙な空気が漂い始めます。 何かを始めように...